感謝について

飲んでいた頃の私は、感謝ということをすることがまったくありませんでした。
ひとから助けてもらったりすると、あたかもお前ができないからやってあげているんだと言われているように感じてプライドが傷つき、また、自分はだめだという自己憐憫の感情がでて、普通なら助けてもらったら感謝するべきなのに、逆に相手を恨んでいたのです。

今振り返ると恐ろしい生き方をしてきたものだと思います。

自助グループにつながり、自分の無力を受け入れるようになると、不思議と人にしてもらったことが素直に感謝できるようになっていきました。そうすると、自分がしんどいときに、人に何かをお願いしてしてもらうということが率直にできるようになっていきました。以前の自分であれば、お願いするというのは自分のちからが足りないことを認めるということでしたし、ちからが足りない自分を他人は受け入れてはくれないと思っていたので、とにかく自分のちからでなんでもかんでもできないといけないと思っていました。

仕事では、査定が人より抜きん出て良くないと満足できませんでした。自分が評価されることばかり考えて、他者と協力して仕事をするという考えが欠落していたように思います。実際には協力しようとするのですが、自分が無力であることもしらず、人に頼ることもできない。うまくいくわけがなかったのです。

下の人間に仕事をまかせ、委ねて育てることもできなければ、成果がでればそれは自分の力で成し遂げたと思っていて、上司が自分のことをどれだけサポートし、またもどかしい思いをしながら仕事をまかせてくれていたか、全然わかっていなかった。

ビッグブック第六章に、「新しい自由、新しい幸福を知るようになる」そしてそのことを、「とんでもない約束だろうか、そうは思わない」と書かれています。私が知った新しい幸福は、感謝する気持ちです。人に感謝されるより、人に感謝できることのほうが、何百倍も幸せなことだと気が付きました。それは、人とともに生き、人とつながっている、そのことを実感させてくれることにほかならないからです。

いまぼくは2歳の子供を育てています。彼女は最近、なんでも「いっしょ」が好きです。自分がごはんにふりかけをかけてもらえば、「おとーさんも!」とおなじふりかけをかけたご飯をぼくが食べることを喜びます。あそびでも「おとーさんもしよ」と、一緒のことをしたがります。人が人とつながろうとするのは、本能的な欲求で、それが満たされるときにこそ、本当のしあわせを感じるのでしょう。

そのことを教えてもらって、感謝しています。

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